記憶力をつかわない

勉強ができる、仕事ができる、あるいは所謂良い学校にいくということは、それは「記憶力が良い」とか「物覚えが良い」ことと間違えられやすくて、それが勘違いであることを説明するのはいまだになかなか難しい。
物覚えが良くてほめられるのはサルかイヌかアシカであって、それを知性というのは違うんじゃないかと思うのだけれども。
記憶力で勝負しようと思っても、今の時代、パソコンに勝てるものではない。インターネットにつないで、ポテポテポテとキーボードを打てば、世界中の辞書、辞典、その他の記録されたあらゆるものから結果を拾い出してくれる時代なのだ。なんぼ記憶力の良い人であっても、世界中のあらゆる辞書と勝負して勝てるわけがない。よね?

そんな訳でお父さんの人生の前半は、記憶力をどれだけつかわずに済ませるかということに、尽きたのではなかったかと思う。物理も数学も公式を覚えなかったし、年号や人名を覚えるらしい歴史は全て避けて通ったし、英語も単語を覚えずにどうやってやるかということばかり考えてきた。記憶力をつかわずに済ませるノウハウ蓄積の前半生であったのだよ。
あまりに記憶しないので冷たい目でも見られつつ、それでも東京大学脳科学の先生が「九九を覚えなかった」という話を聞き、さすがに九九は憶えたので、負けたなあと思ったなあ。
もうちょっと、どうやって記憶力をつかわなかったのか、その具体的方法とヒントを書いておこうと思う。